参考:昔「街」について書いた内容


「街」のすごさは、やはりそのザッピングシステムにあると思います。
今回は、それについて少しふれましょう。

古くは「新・鬼ヶ島」の「ひとかえる」などにもその萌芽は見ることができるのですが、
これはまだ一方を操作しているときはもう一方は何もしないか、勝手にコンピュータが担当するというものでした。

別の人間の視点からさっきまで操作していた人間を見る、というのが実現されるのはまだ先です。

「探偵神宮寺三郎 未完のルポ」は、ザッピングシステムをうたったものでしたが、
途中でキャラクタを選べるようになってはいるものの、
選ばなかったキャラクタはまたはじめからプレイしなければ基本的に見られなく、
キャラをどんどん変えていくと話の筋がわからなくなるという、
未完成なものでした。

そして、「街」。
そのザッピングシステムはもはや完璧といってもいいでしょう。
サウンドノベルというジャンルが、ザッピングシステムに合うとは、
正直思っていませんでした。
しかし、これこそが最高の方法だったのです。
詳しい説明は省きますが、自由に動けるゲームでは、表現できないでしょう。
「街」のザッピングは、あるキャラクタの行動が他のキャラクタに影響を与える、
というものです。

人生にやり直しはききません。
時間をさかのぼることはできないからです。
「もしあのときこうしていたら」と、人は悔やむものですが、
実際に過去に戻ってやり直すことは不可能なのです。

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」という有名な映画があります。
これは、過去を変えてしまったことによって、
自分の父親と母親が結婚しないことになり、自分が生まれなくなってしまう
という危機が描かれています。

そう、自分が起こした些細な行動が、
未来において重大な差違を生じさせるということは
現実にも確かにあるはずです。

しかし、この映画のようにタイムスリップができれば別ですが、
対照実験ができない以上、実際にはそれを確かめることは不可能です。

しかし、ゲームはやり直しがきく。リセットができる。
「街」は、それを楽しむことができるのです。

「街」はむしろ、従来のゲームにおいて
本来「ずる」であったはずの「リセットしてやり直す」という行為を
見事にゲーム性に取り込んでいるのです。

「街」の主人公たちは、はじめは必ずしもとっつきの良い人たちではありません。
プレイヤーがちょっと引いてしまう人たちも多い。
しかし、すべての主人公を解法に導いていくうちに、
いつのまにかプレイヤーはそのキャラクタに感情移入していることに気づくはずです。

騙されたと思ってやってみてください。騙してないのがわかりますから。(笑)


(おそらく1998/上半期 綾茂勝太郎)

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