ふたつのシミュレーション、ひとつのゲーム
パンツァーフロント(PS・DC 1999/12/22)アスキー


シミュレーションゲームという呼称は、実に便利である。
戦争をシミュレートしたからウォーシミュレーション。
飛行機の操縦をシミュレートしたからフライトシミュレーション。
電車の運転をシミュレートしたから電車運転シミュレーション。
恋愛をシミュレートしたから恋愛シミュレーション。

題材+シミュレーションという名で、いくらでもシミュレーションゲームと名づけることができる。
なぜなら、もともとゲームというものは「ある題材」をシミュレートしたものであることがほとんどだからだ。
「ある題材」が現実のものである必要はない。架空の世界の何かをシミュレートすることも可能だ。
多くのゲームは主人公の行動をシミュレートしたゲームということになるので、極端な話、なんでもシミュレーションゲームと呼ぶことは不可能ではないのだ。

しかしながら、ふだんシミュレーションゲームと呼ばれているものは、二つに大別できる。

そのふたつを仮に名づけると、

戦略系シミュレーションゲーム
操縦系シミュレーションゲーム


である。

戦略系シミュレーションゲームの始祖は、チェス、将棋、囲碁などだろう。盤の上を戦場に見立て、部隊をどのように動かせば勝利を得ることができるかという戦術・戦略を競う。
盤上で戦争をシミュレートするというのは(紙の)ボードゲームとして発達し、その進行・計算役や対戦相手をコンピュータが担当するようにしたのが、いまの戦略系シミュレーションゲームだといえる。

戦略系シミュレーションゲームは、戦略的要素がゲームの鍵となる場合が多い。(ここでは便宜上「戦術性」は「戦略性」に含まれると考えていただきたい)
「大戦略」をはじめ、ほとんどのウォーシミュレーションゲーム、そして「信長の野望」「三國志」「シムシティー」など、戦争や経営などを題材としたものが多い。
恋愛シミュレーションゲームも、多くは恋の駆け引き等の戦略性を有しているということなのだろう。

そもそもチェスや将棋や囲碁は、対戦型ゲームであるから、ルールが必要になる。そのルールは複雑すぎると対戦相手と共有できないし、盤上で表現するのは困難である。そこでシンプルなルールが追求されたわけだ。
同様に、多くの戦略系シミュレーションゲームは、題材のさまざまな事象をモデル化し、数値化し、単純化している。
たとえば兵士や兵器の集団を「1ユニット」と定義したり、「ターン」という概念で時間を区切ったり、地面を等間隔に仕切って「ヘックス」とか「スクエア」と呼んだり、などである。

なぜ単純化したかといえば、チェスなどのように、プレイヤーがルールを覚えられない、複雑な手順をインターフェイス化できない、というプレイヤー側の理由もあるが、おそらくそれよりも、従来のハードは計算能力が乏しく、同時に複雑な要素を計算できなかったというハード側の理由が大きかったのではないだろうか。
つまり、シミュレートできる範囲が狭いのである。
ゆえに、戦略系シミュレーションゲームはシミュレーションから離れ、パズル的な思考ゲームに近くなっていった。
ちょうど、「詰め将棋」が一種の思考パズルであるように。
その結果、本来企図していたはずの現実の戦術の再現は諦め、ルールの範囲内での戦術(攻略法)を追求するようになった。
シミュレーションからゲームへ。
たとえば「大戦略」では、自国の首都の周りを味方歩兵が取り囲めば、敵爆撃機は首都に近づけなくなる。シミュレーションとしては明らかにおかしいが、シンプルなルールを追求した結果、そうなったのだ。


一方、操縦系シミュレーションゲームのはじまりは、コンピュータあってのものといえるだろう。たとえば現実の飛行機の操縦を、実際に飛行しないで体験して訓練するなどという目的で開発された。コンピュータを使って、操縦者に情報を与え、操縦者の操作に対する結果を計算し、また操縦者にその結果の情報を与えるという仕組みだ。

ゆえに、操縦系シミュレーションゲームの基本は、運転、操縦などを、本物に近い操作で行うものである。(たとえば「エアロダンシング」「電車でGO!」など)
これは、モデル化はあまり行なわれず(省略はしばしば行なわれるが)、できるだけ現実に忠実な、写実的表現が要求されている。
しかし以前はハードの性能の限界によって、実写のような風景を描くのは困難であったため、風景はワイヤーフレームや少ないポリゴン数で表現されるなどしていた。


ところが、技術の発達により、コンピュータの計算性能は上がっている。ゆえに、最近では以前より多数の情報をもとにシミュレーション結果を計算することが可能になっている。
映像面でも、実写に近いような立体空間を描くことが可能になった。
つまり、「戦略系シミュレーションゲームはシンプルでなければならない」というハードの限界から生じる枷(かせ)ははずれてきているし、操縦系シミュレーションゲームは実写と見紛うようなリアルな映像を用いることができるようになってきている。


そして1999年末。「パンツァーフロント」というゲームが発売された。
このゲームは、第二次世界大戦の戦車戦をシミュレートしたものである。
ゲーム画面には、第二次世界大戦の兵士たちが見ていたであろう情景にかなり近い映像が映し出される。
プレイヤーは戦車を操縦し、敵に狙いを定め自ら砲撃するのだが、戦場は現実世界にかなり近い3D空間で表現されているため、現実同様の戦術をとることが可能である。
戦車は一般に、正面の装甲が厚く、側面や背面などの装甲は比較的薄い。つまり、自戦車の砲の威力が低く、敵戦車の装甲が厚い場合、敵の側面や背面を取らねばならない。
しかしうかつに近づけば敵にやられてしまう。地形等を利用し、自軍に有利なポジションを得る必要がある。
ここに、戦術性が生まれる。

パンツァーフロントでは、味方戦車にも指示を出すことができる。
スタートボタンを押すと、戦術マップ画面になる(時は止まる)が、その表現はまさに戦略系シミュレーションゲームである。
味方戦車に的確な指示を与え、包囲攻撃や十字砲火戦術等を駆使して敵を倒していかねばならない。

自分自身も戦車を駆って3D空間ならではの現実に近い戦闘を体験する(操縦系シミュレーションゲーム)。
敵にやられづらいように自戦車や味方戦車の位置を考え、敵を倒す順番や方向を選択し、味方との連携をうまくとれるような指示を出す。(戦略系シミュレーションゲーム)。
呼び方は同じでも、本質的に異なっていた二つのシミュレーションゲームはここに統合された
パンツァーフロントでは、ひとつの仮想空間の中で、操縦系シミュレーションゲームを行いながら、同時に戦略系シミュレーションゲームをも行うのである。

それは、戦闘空間そのものを表現できるようになったハードの進歩の賜物にほかならない。


これから、ますますビデオゲームは仮想空間を構築することが可能になるだろう。
そこは現実と同じような(あるいはその架空の空間特有の)物理法則が適用される。
つまり、いったんモデル化したものを提示してシミュレートしたことにするのではなく、空間そのものをシミュレートしてしまうのだ。
すでに、単純化する必要はなくなってきている。

もともとは「ある題材」をシミュレートしたものであるシミュレーションゲーム
それは「単純なモデル化」「操縦の忠実な模倣」というふたつの生まれ方をし、両者はまったく異なる存在となっていた。
しかし、ハードの進歩はそもそもの動機を満足させることができるようなレベルに達しかけている。
現実世界を忠実に再現できるようになるのはまだまだ先だろう。
だが、現実世界にかなり近い空間を表現できる時代に、我々はもう片足を踏み入れているのだ。
パンツァーフロントは、その先駈けのひとつであるといえよう。


補:
その他特徴としては、戦略系シミュレーションゲームでは、たいてい、攻撃力、移動力、体力、好意度など、(温度や重さなどと違い、普段は数値化しづらいであろう)ある情報が数値化されて表現されている。そして、戦略を練ること自体が楽しさになっていることが多いので、考える時間が無限に用意されているものが多い。(時間制限を設けて緊迫感を出そうとしているものもある)
対して、操縦系シミュレーションゲームは、ほとんどの場合、リアルタイムにゲームが進む。基本的に、ゲーム内の時間の流れと、プレイヤーの時間の流れは同一で、たとえば戦略系シミュレーションゲームによく見られる現実時間の1分でゲーム内時間の1日や1ヶ月が進むなどということはない。


パンツァーフロント オフィシャルサイト

(2000/3/3 綾茂勝太郎)

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